ブダペストの名称はドナウ川を挟んだブダとペシュト2つの町の名称を組み合わせたもので、1873年に町が合併され一つになって以来使われている。この際、古いブダを意味するオーブダも一緒に併合された。最初にブダペスト”Buda-Pest”の名が見出されたのは1831年に自由主義貴族セーチェーニ・イシュトヴァーンが出した “Világ” と言う本である[28]。ブダ “Buda”やペスト”Pest” の元の意味は不明瞭である。中世からの年代記によればブダは創建者のブレダから来ているとされ、この人物はフン族の支配者アッティラの兄である。ブダが人名から来ていることは現代の学者も支持している[29]。他の説ではブダはスラヴ語で水を意味する “вода, vodaから来ている言うものもある。これはラテン語のアクインクムでローマ時代のブダペスト名称で、ローマ人の主立った集落はこの地域にあった[30]。また、ペストの名称についてもいくつかの説があり一つの説は[31]”Pest” はパンノニア属州から来ているとするもので、その時以来あったこの地域のコントラ・アキンクムの森はプトレマイオスによりペッシオン (“Πέσσιον”, iii.7.§2) と言及されていた[32]。他の説ではペストの元はスラヴ語で洞窟を意味する”пещера, peshtera”か炉を意味する “пещ, pesht”で洞窟で火を燃やしていたか、地元の石がまを言及している[33]。古いハンガリーの言葉では似たような単語でかまや洞窟を意味し、古いドイツ語ではこの地域は “Ofen”と言う名で後にドイツ語でブダ側を”Ofen” と言及している。